陽が生まれた日、の翌日
陽の誕生とは直接関係ないけど、激動の半生を生き、地元では半ば伝説となっている人がいる。
車屋のマコっちゃんのオヤジさんの話を、ほんの少しだけさせてもらおうと思う。
あれは、陽が生まれた日の翌日、去年の9月10日のことだった。
前日は母と一緒にずっと子馬を見ていて、休んだのは深夜になってからだった。
朝6時半ごろ、どうも庭に人の気配がするなあと思った。
しばらくして、もう起きていた母の、あら!という声が聞こえた。
庭にいたのは、マコっちゃんのオヤジさんだった。
オヤジさんは以前、何度かうちに遊びに来たことがある。
そのとき、うちの庭が草ぼうぼうになっているのを見て、ずっと気にかけてくれていた。
何しろ去年は、年明けから父が倒れ、6月に他界し、ただでさえロクに草刈りをしないうちの庭は、忙しさでまったく手を入れることができず、確かにすごいことになっていた。
オヤジさんは朝っぱらから、黙々と草を刈ってくれていたのだ。
まだ暑い季節で心配したが、オヤジさんは時々、「冷たいお茶ちょうだい!」と元気に声をかけてきた。
お茶を飲みはじめれば2時間ぐらいパワフルに語り、そしてまた草刈りをする。
すさまじい体力だ。
本職は車屋さんだけど、犬の訓練士としてもプロレベルで、動物にも詳しいオヤジさん。
子馬を見に、ご近所さんや友達が来るたび話しかけていた。
中には、このオヤジさん誰…?と驚く人もいたけど、オヤジさんはそんな小さなことは気にしない。
オヤジさんは、「この家には何もないからね!」と、趣味で集めているコレクションを持って来て、玄関に飾ってくれた。
何もなかった殺風景な玄関は、一気に華やかな雰囲気になった。
最後の最後まで、油断は禁物だった。
夕方帰ろうとしたオヤジさんの車は、エンストしていた。
「息子さん呼びましょうか?」と、思わず母も爆笑していた。
愛すべきオヤジさん…。
会社の先輩に、この日の出来事を延々とメールしたところ、「ところで子馬はどうしたのよ?子馬は」と返信がきた。
子馬の誕生をも上回るインパクトを残してくれたオヤジさんのおかげで、この日もまた、楽しくて、少し変わった思い出ができた。
生まれた翌日の陽は、”馬”というより、別の生き物みたいだった。
胎内で母体を傷つけないため、蹄は白っぽいカバーのようなものが覆っていた。蹄餅というらしい。
まだあまり目が見えなかったせいか、人間にも警戒心があり、詩のそばを離れなかった。
オヤジさんの店。オヤジさんはミニマリストにはなれないと思う。
先日、オヤジさんの新しい夢を教えてもらった。実現したら、と考えると、ワクワクしてしまうような楽しい夢だった。
オヤジさんが来た後のうちの玄関。オヤジさんの魂を感じる。
お父さんと一緒
陽は最近、父親の楽と一緒にいることが多くなった。
楽は、陽のことを自分の子どもとは認識していないと思うけど、自分のエサを陽が食べていても怒らないし、一緒に遊んで昼寝して、仲良くしている。
母親の詩のほうは、陽と一緒にエサを食べていると、陽を鼻で押し出したり、威嚇したりすることがある。
こちらは、自分の子供という認識はあるはずだけど、もう一人前と判断していて、他の大人の馬に対する態度に近づいていっているのかもしれない。
陽はだんだん活発になってきていて、噛んだり飛び掛ったりという遊びをするようになった。
もちろん、人間に対してそんなことをしては困るけど、楽は陽にとって、思う存分遊べる相手にもなっている。
詩に飛び掛ったりすることはあるが、詩はめんどくさいのか相手にしない。
楽は陽と噛み合ったり、追いかけっこになるまで付き合っている。
楽も2才、まだまだ子供なので、お互いにいい遊び相手になっているんだと思う。
寝ている陽に近づいてきた楽。
楽に飛び掛って遊ぶ陽。
馬たちとマコっちゃんとオダちゃん
楽がうちに来たのは、2015年1月、生後8ヶ月のときだった。
広い牧場で自然交配によって生まれた楽は、人に触られた経験がほとんどなかった。
うちに来てから、毎日少しずつ体に触るようにして、だんだんブラシをかけたり、タオルで体を拭いたりすることができるようになっていった。
鞍を付けられるようになると、今度は馬房の中で、跨がったり降りたりを繰り返し、いよいよ人が乗って引いて歩く段階にきた。
これまでは、ひとりでも何とかなったけど、誰かが乗って、誰かがリードを引くとなると、もうひとり必要になる。
というわけで、この冒険的な挑戦に付き合ってくれたのが、馬房を作ってくれた大工さん、そして、放牧柵を作ってくれた車屋のマコっちゃんだった。
以前、ボランティアをやっていた牧場で知り合った2人だけど、彼らは修繕などの仕事をしていて、直接馬に関わることはなかった。
それでも、馬たちのことを大切に思ってくれていて、いざというときは、いつも力になってくれた。
大工さんが週末に来ていた頃は、どちらかが乗って、どちらかが引くという練習をしていた。
最初はほんの数メートル、慣れてくると、丸馬場で1周2周と引いて歩けるようになった。
ところが、大工さんが会社の社長になってしまい、忙しくてしばらく来られなくなってしまった。
そこで、マコっちゃんに助けを求めた。
マコっちゃんは、さらに助っ人を連れて来てくれた。
放牧柵を作るときも手伝ってくれた、友達のオダちゃんだった。
もうある程度、引いて歩くことはできていたけど、この日、2人が来てくれたことで、私の手が空いて、初めて写真を撮ることができた。
ちょっと心配したけど、2人に懐いていた楽は、落ち着いて歩いてくれた。
やっとここまで来たんだなあと、忘れられない、思い出の日になった。
うちに来た頃の楽。タヌキみたいな顔をしていたので、タヌ吉と呼んでいた。
だいぶ大きくなった楽。マコちゃんに鞍の付け方を説明して、馬房の中で付けてもらった
引いて歩くところを撮れたのは、これがはじめてだった。
陽の大人の馬になる練習
先日、群馬の柴崎さんのところにやってきたアオ君を見て、ちょっと驚いてしまった。
アオ君は、生後8ヶ月で、馬運車の乗り降り、引き馬も当たり前にできていた。
アオ君は、かんな馬の会という、有志で馬を飼育している団体で生まれた子で、陽とは同い年になる。
馬の会では、種付け→妊娠→出産→子馬の調教まで、何度か経験がある。
どの馬も、とても大人しく乗ることも出来る。
春に生まれたアオ君のほうがお兄さんだけど、それにしても、かんな馬の会は子馬のしつけが上手だなと思った。
生後4ヶ月になった陽。
うちもちょっとずつやらねば、と思った。
生まれたばかりのときに少しだけやってみたけど、最近は全然やらなくなってしまった引き馬の練習。
久しぶりに、陽の頭に無口というロープでできた輪っかを付けて、リードで引いてみた。
陽はリードで遊ぶのが大好きで、よく夢中でかじっている。
このときも、引いてついて来た、というより、リードで遊んでいただけのような気もするが、とりあえず少しだけ引いて歩くことが出来た。
これからまた少しずつ練習してみようと思う。
リードを噛む陽。
時々、人間の足を枕に寝ようとするときがあるけど、重い。
馬の反抗
あっという間に過ぎていく正月休み。
最後の休みになる3日。
この日はとりあえず、調子が悪いまま放置していた監視カメラをどうにかしようと思った。
一度外して、無線LANの設定をしなおしたら、無事復活した。
ちょっとスッキリした。
もうひとつ、気になっていることがあった。
最近、楽に知り合いが乗った時のこと。
最初、ゆっくり歩かせていた時は、何の問題もなかった。
ところが、いざ速足をさせようと楽に指示を出したところ、少しだけ速足をした後、パタッと止まってしまった。
駆け足も同じで、楽の気分でパタッと止まってしまう。
乗り手の指示に従わない理由はいろいろあると思うけど、たぶんマズイ状況だなと思った。
そう思いつつ、こちらも放置状態だった。
いい天気だし、今日思い切ってやってみようと、楽に乗った。
楽は、速足になると、やっぱり気分次第で止まってしまった。
「速足!」という声に、楽は、ヤダヤダとゴネて動かない。
こちらも熱くなってきて、「速足!ほらっ!行けー!進めー!」と声もデカくなる。
楽は、ヤダヤダヤダヤダ!と、後ろ足を蹴りあげたり、軽く跳ねたりする。
ちょうど母が帰ってきて、えっ、何やってるの?と呆れた顔で見ている。
あまり熱くなってしまうと、馬のほうもエキサイトして、ロデオが始まってしまう場合がある。
だけど、こちらがヘタに負けてしまうと、ますますワガママになってしまう。
悪くすると、歩いているときでも、気分次第で突然暴走する可能性もある。
しばらく根比べを続けた。
時間はかかったけど、そのうち速足も駆け足も、何とか継続できるようになった。
本当だったら、しばらくこれを毎日やったほうがいいのだろうけど、平日は難しい。
また週末にやってみて、様子をみることにした。
工具をおっかなびっくり観察する詩と陽
すっかり歯が生えた陽は、固いものでもかじるようになった。母のヘルメットもかじる。
もっと小さいころ、やわらかいボールをかじっていた
馬たちと修繕
まだまだ寝正月気分の2日。
馬房を作ってくれた大工さんが遊びに来た。
久しぶりにいろいろ話した後、何かやることがあったらやっていくよと言ってくれたので、馬房の壊れていた電気を取り替えてもらった。
LEDの電気は、明るくて長持ちするというので気に入って使っていたが、中国製ということもあってか、実際は1年程度で壊れてしまう。
仕方なく、工事現場などで使われる投光器を代わりに使っていた。
新しいLEDの電気は購入済みだったけど、どうせすぐ壊れるだろうと思うと、取り替えるのが面倒になっていた。
それでも、取り替えてもらった新しいLEDの電気は、投光器よりずっと明るく、作業もしやすい。
ありがたい仕事だった。
ところで、大工さんが帰るとき、玄関外の雨どいの中から、バタバタ…バタバタ…と音が聞こえた。
何だろう…ネズミ…?まさかヘビ…?
雨どいが埋まっている地面を掘り返してみると、近くの浸透桝につながっていることがわかった。
その浸透桝のフタを、大工さんがスコップでおそるおそる開けてみると…
スズメがバタバタッと飛び立っていった。
スズメは雨どいに落ちてしまったらしい。
雨どいに網でも被せたほうがいいのかなと思いつつ、酉年の正月だなと実感。
大工さんもホッとした様子で帰っていった。
生後4ヶ月で歯もしっかり生えそろった陽
大工さんの仕事を見守る詩と陽
玄関先の雨どい。この中から音が聞こえた。
雨どいから、この浸透桝につながっていた。フタを開けるとスズメが飛び立った。